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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)2565号 判決

原告

見吉蔵

ほか二名

高野法雄

ほか一名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告見吉蔵に対し、連帯して金一一八〇万〇三三五円及びこれに対する平成六年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告見吉晴及び原告見吉弘それぞれに対し、連帯して各金三五八万二九一八円及びこれに対する平成六年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した訴外見さち子(以下「亡さち子」という。)の相続人である原告らが、被告高野法雄(以下「被告高野」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告大正貨物株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、原告らの主張する被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実等

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成六年一月二九日午前一〇時二〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市須磨区古川町三丁目二番一四号先路上

(三) 争いのない範囲の事故態様

亡さち子は、自転車に乗つて、本件事故発生場所の道路を南から北へ横断しようとていた。

他方、被告高野は、普通貨物自動車(大坂一三く二八九。以下「被告車両」という。)を運転し、右道路を東から西へ直進しようとしていた。

そして、被告車両の左前部が、亡さち子運転の自転車の右側面に衝突し、右自転車は被告車両に引きずられた後、亡さち子とともに転倒した。

(四) 事故の結果

亡さち子は、本件事故により頭部陥没骨折の傷害を受け、脳挫傷により平成六年一月二九日午前一一時一二分に死亡した。

2  責任原因

被告高野は、本件事故に関し前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により、亡さち子及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

被告会社は、被告車両の運行共用者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、亡さち子及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  相続

亡さち子の相続人は、夫である原告見吉蔵(法定相続分二分の一)及び子である原告見吉晴、原告見吉弘(法定相続分各四分の一)である。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺

2  亡さち子及び原告らに生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告ら

(一) 本件事故の発生場所は、中央分離帯のある片側四車線、片側合計幅員一四メートルの国道二号線の西行き車線上であり、本件事故当時、西行き車線の車両の通行量は多かった。

そして、右発生場所は、交差点や横断歩道のある場所ではなく、亡さち子は、これを南から北へ、やや西向きに自転車に乗つて斜め横断しており、無謀というほかはない。

(二) 他方、被告車両の南側の車線には、被告車両の前方に四トン車が走行しており、右車両は、本件事故の直前、被告車両の前方を横切つて、被告車両の北側の車線へと進路を変更していつた。

そして、被告高野から見て、右四トン車が自車前方から北側の車線へと進路を変更した直後、亡さち子の自転車が自車の走行車線前方に現れたものである。

したがつて、被告高野には、本件事故を回避する可能性はほとんどなかつた。

なお、右四トン車は、南から北へやや西向きに斜め横断している亡さち子運転の自転車を避けるために、右進路変更を行つたものと思われる。

(三) これらの事実によると、大幅な過失相殺がされるべきである。

2  原告ら

(一) 本件事故当時、西行き方向の車両の通行量は閑散としていた。

そして、本件事故の発生場所の東側約三〇メートルの地点には横断歩道があつたが、右車両の通行量から考えると、亡さち子が若干の迂回を避けるためにこれを利用しなかつたことには、やむをえない事由があるというべきである。

また、亡さち子は斜め横断はしていない。

なお、亡さち子が横断を開始した場所は、右横断歩道により近い場所(横断歩道の西約八メートルの地点)である可能性もある。

(二) 本件事故の発生場所は見とおしも良く、被告高野が本件事故直前まで亡さち子の姿を認めていなかつたのは、同被告の前方不注視及び被告車両の制限速度違反によるものである。

(三) よつて、本件においては、亡さち子には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  乙第三号証、第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし三、被告高野の本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所は、中央分離帯のある片側四車線、片側幅員一四メートルの国道二号線の西行き車線上である。

そして、前掲各証拠から認められる道路に残された擦過痕、事故後採取テープで採取された微物の存在、目撃者の供述等により、亡さち子運転の自転車と被告車両の衝突場所は、東側にある横断歩道(信号機により交通整理の行われている交差点に設置されている。)からは、約三五メートル、西側にある横断歩道(信号機により交通整理の行われている交差点に設置されている。)からは約一〇〇メートルの、路側から数えて三番目の車線(以下「第三車線」といい、他の車線も、路側から数えた数字でいう。)上であつたといえる。

また、右中央分離帯には阪神高速道路の橋脚があり、横断歩道のある場所を除いて、中央分離帯に沿つて東西に、高さ約二メートルのフエンスが寸断されることなく設置されており、横断歩道以外の場所では、右東西道路を南北に横断することはできない。

なお、本件事故当時、路面は乾燥していた。

(二) 被告車両は、本件事故の発生場所から東に二つ目の信号(一つ目の信号の約二〇〇目東)において、赤信号のため、先頭車両として停止した。

なお、被告車両は、この時、第三車線上にあつたが、第二車線上には、四トン車(車長約七メートル)が先頭車両として停止していた。

そして、右西行き信号が青色に変わつた後、被告車両と右四トン車は、右四トン車がやや先行する形で発進した。また、訴外土井成明運転の大型トラツクが、被告車両の後方の第三車線を走行していた。

(三) 被告車両が、本件事故の発生場所の東側の横断歩道付近にさしかかつた際、被告車両の前方約一三・五メートルの第二車線を走行していた右四トン車が、被告車両の走路を左から右に横切る形で、第三車線を経て第四車線に移動した。そして、被告高野は、右車両に一瞬気を取られて前方の注意が散漫となり、自車前方約四・二メートルの地点に亡さち子運転の自転車があるのを発見し、直ちに右転把及び急制動の措置を講じたが及ばず、右自転車を約二一・五メートル引きずつた後に、第四車線上で停止した。

なお、右四トン車はそのまま前方に立ち去つたが、訴外土井成明運転の大型トラツクは、被告車両と並ぶような形で、第三車線上で停止した。

(四) なお、本件事故当時の被告車両の速度につき、被告高野本人尋問の結果の中には、制限速度の時速約五〇キロメートルを遵守していた旨の部分がある。

しかし、衝突後自転車を引きずつていたため、摩擦係数が相当高かつたと考えられるにもかかわらず、右認定のとおり、急制動から停止までの距離は約二五・七メートルであるから、右尋問の結果を直ちに採用することはできず、被告車両は、相当程度、制限速度を超過していたというべきである。

また、亡さち子が斜め横断であつたかどうかは、これを的確に認めるに足りる証拠はない(なお、後述の検討の下では、斜め横断であつたかどうかは、亡さち子の過失割合を左右しない。)。

2  右認定事実によると、被告高野には、前方不注視及び制限速度超過の過失が認められる。

しかし、他方、被告車両、右四トン車及び訴外土井成明運転の車両の走行状態から、本件事故の発生場所の約三五メートル東側の東西方向の信号は青色であり、南北方向の信号は赤色であつたことが認められるところ、右発生場所の東西道路は片側四車線の幹線道路であつたから、亡さち子は、このような信号の状態のもとでは、右横断歩道の西側約三五メートルの地点で、横断を開始すべきではなかつたというべきである。

なお、原告らは、本件事故当時、西行き方向の車両の通行量は閑散としており、亡さち子が若干の迂回を避けるためにこれを利用しなかつたことには、やむをえない事由がある旨主張するが、本件事故直前、被告車両が停止していた本件事故の発生場所から東に二つ目の東西方向の信号が赤色であつたため、一時的に車両の流れが中断していたにすぎないと考えられ、これをもつて、亡さち子の行動を正当化することはできない。

むしろ、右認定のとおり、右東西道路の中央分離帯には高さ約二メートルのフエンスがめぐらされ、横断歩道以外の部分では、東行き車線を横断して北側にわたることができず、右フエンス沿いに西に約一〇〇メートル走行しなければ次の横断歩道はなかつたのであるから(本件のような幹線道路で、自転車が東に約三五メートル逆行することが許されないことはいうまでもない。)、このような道路状況を熟知していたはずの亡さち子が、あえて西行き車線を北に横断しようとしていたことには、重大な過失を認めざるをえない。

さらに、原告らは、亡さち子が横断を開始した場所は、横断歩道の西約八メートルの地点であつた可能性がある旨主張するが、前掲各証拠から、衝突地点は前記のとおり認定するのが相当である(なお、南北方向の信号が赤色の状態の下では、右横断歩道に近い場所を横断するほど、亡さち子の過失は相対的に大きなものになる。)。

3  そして、右認定の亡さち子と被告高野の両過失を対比すると、亡さち子の過失は、少なくとも七〇パーセントを下回ることはないというべきである。

二  争点2(損害額)

原告には亡さち子及び原告らに生じた損害について、別表の請求額欄記載のとおり主張する。

ところで、原告らの主張によると、後記の損害の填補を受ける前の損害(弁護士費用を除く。)は合計金三八一〇万〇六七一円であるところ、争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に関する亡さち子の過失は七〇パーセントを下回ることはないから、少なくとも右割合を過失相殺として控除するのが相当である。

したがつて、仮に、原告らの主張する損害がすべて認められたとしても、過失相殺後の金額は、次の計算式により金一一四三万〇二〇一円を上回ることはない。

計算式 38,100,671×(1-0.7)=11,430,201(円未満切捨て。)

そして、自動車損害賠償責任保険から原告らに対し、金二〇六三万四五〇〇円がすでに支払われたことは当事者間に争いがないから、原告らの主張する損害額の当否については判断するまでもなく、原告らの請求は棄却を免れない。

なお、原告らが本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であるが、原告らの請求は認められないから、これに関する弁護士費用の請求も理由がない。

第四結論

よつて、原告らの請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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